筆者自分の声が嫌い…変えれる?どうしたら魅力的な声になれる?
歌うことが好き。
話すことが好き。
でも、自分の声が好きじゃない。むしろ嫌い。
私は、ずっと、そう思っていました。
私自身、人とちょっと違う声。
いわゆる「カワボ」でも「イケボ」でもない。
歌ってみたを録音すると、普段自分が聴いている声と全然違う声で、
「え、私ってこんな声なの?」
ってへこむ。
もっと綺麗な声だったらいいのに。
もっと特徴があって、聴いた人の印象に残る声だったらいいのに。
そんなふうに思っていました。
この記事では、普段DTMをやりながら歌も歌っている筆者が、自分の声が嫌いと感じる理由と、変えたいと思ったときにできることを紹介します。
自分の声が嫌いなのはなぜ?
歌っているときは楽しいのに、録音した自分の声を聴くと、
「……こんな声、魅力あるのかな?」
「こんな声を好きになってくれる人っているのかな?」
そんな声に感じていました。
「自分の声が嫌い」と感じる理由は、単純に「声が変だから」ということではなく、
録音した自分の声が、普段聞いている声と違って聞こえることにも、ちゃんと理由があります。
録音した自分の声が「いつもの声」と違って聞こえる理由
普段、自分が話しているときに聞いている声は、空気を通って耳に届く音だけではありません。
自分の声は、声帯から出た音が空気を通って耳に届く「気導音」に加えて、頭蓋骨などを振動させ、その振動が耳に伝わる「骨導音」も一緒に聞いています。
つまり、自分が普段聞いている声には、自分の身体を通って伝わってくる音が含まれています。
しかし、録音した声を聞くときは、マイクが拾った音をスピーカーやイヤホンから聞いています。
そこには、自分の身体を通ってきた骨導音は含まれていないので、
「録音すると声が高く聞こえる」
「逆に、めっちゃ暗い!」
「なんか細い…弱々しい…」
「こんな声だっけ?」
という違和感が生まれやすくなります。
これは、録音した声がおかしいということではなく、
普段、自分が聞いている声と、録音を通して聞いている声での「音の伝わり方が違う」ために起こります。
自分で聞いている声と、他人が聞いている声は違う
普段、まわりの人が聞いている自分の声はどうかというと、
他の人は、喋っている人の身体の中を通った骨導音を聞いているわけではありません。
基本的には、喋っている人の声が空気中を伝わって、耳に届いた音を聞いています。
つまり、
自分が普段聞いている自分の声
= 気導音 + 骨導音
他の人が聞いているあなたの声
= 空気を通って届いた音
という違いがあります。
録音した声は、普段自分が聞いている声よりも、他人が聞いている声に近い条件ではあります。
ただ、マイクや部屋、再生機器などの影響もあるため、録音した声がそのまま「他人に聞こえている声」というわけではありませんが、
録音された音を聞いたとき、
「思ってた声と違う……」
となる現象が起こり得ます。
録音した声が高く・細く・軽く聞こえるのはなぜ?
そもそも声は、どう響かせるかによって聞こえ方が変わります。
同じ人が同じ言葉を話していても、口の開け方や声の出し方、声を響かせる場所などによって、声の印象は変わります。
そして、録音するときにはさらに「マイク」という別の要素が加わります。
マイクの種類によって、拾いやすい音の帯域が違いますし、口元からの距離によっても録音される声の印象は変わります。
たとえば、マイクとの距離が近すぎれば低い成分が強く出ることがありますし、部屋の反響が多ければ、声がぼやけたり遠く聞こえたりすることもあります。
さらに、録音時の機材や環境、ゲイン設定なども重要です。
ゲインが低すぎれば、声が小さく録音されてしまいますし、
逆に上げすぎると、音が大きく入りすぎてクリッピングや歪みにつながります。
つまり、録音した声の聞こえ方には、
- 自分が普段聞いている声との違い
- 声の出し方や響かせ方
- マイクの種類
- マイクとの距離
- 部屋の反響
- 録音時の環境や設定
など、いろいろな要素が関係しています。
だから、録音した自分の声を聞いて、
「私の声って、こんなに変だったんだ……」
とすぐに結論を出す必要はなくて、
録音された声は、「あなたの声そのもの」だけではなく、「その声をどう録音したか」も含めた結果の一つ。
と考えることもできると思います。
自分の声が嫌い=歌が下手だとは限らない
自分の声が好きじゃないことと、歌が下手なことは、同じではありません。
たとえば、音程がしっかり合っていて、リズムも取れていて、歌として成立している。
それでも、
「なんか自分の声、好きじゃないな」
と感じることはあります。
逆に、歌唱力とは別に、
「この人の声、なんか好き」
と思うこともある。
声には、音程やリズムだけではなく「声質」や「響き方」「聞こえ方」があります。
だから、
自分の声が嫌い=歌も下手
ではなく、
もしかしたら嫌なのは、歌そのものではなく、
「録音したときの声の聞こえ方」
「声の響き方」
「マイクを通したときの質感」
「自分が思い描いていた声との違い」
なのかもしれません。
そう考えると、「自分の声が嫌い」という悩みも、少し違って見えてきます。
そもそも、自分の声の「何が」嫌いなの?
「自分の声が嫌い」と一言で言っても、その中身は人によって違います。
声そのものが気に入らないのか。
それとも、録音したときの聞こえ方が気に入らないのか。
あるいは、歌ったとき、喋った時に違和感があるのか。
例えば、
- 声が低いのが嫌
- 声が高いのが嫌
- 鼻にかかって聞こえるのが嫌
- 子どもっぽく聞こえるのが嫌
- 声がこもって聞こえるのが嫌
- 歌うと声が細くなるのが嫌
- 話しているときの声と歌声が違いすぎるのが嫌
など、「嫌い」の中にもいろいろあります。
なので、声そのものを否定する前に、
「私は、自分の声の何が・どこが・嫌なんだろう?」
と考えてみる。
同時に、「じゃあどんな声であれば満足できそうなのか?」を考えて、近づけてみる。
そこが分かれば、歌い方を変えてみたり、録音方法を見直してみたり、ミックスで聞こえ方を変えてみたり。
「自分の声を変える」以外にも、できることが意外とあるような気がして、逆にわくわくしてきますね。
声質・歌い方・話し方のどこが気になる?
生まれ持った「声質」はありますが、歌い方、話し方によっても、声の聞こえ方は変わります。
声をどこに響かせるか。
どのくらい息を混ぜるか。
口の開け方や発音はどうか。
同じ人の声でも、こうした違いによって、聞こえる印象は変わります。
「この声だから仕方ない」と決めつける前に、少しだけ声の出し方を変えてみる。
それだけでも、
「ん? さっきよりこっちのほうが好きかも」
と思える声が見つかることがあります。
「理想の声」と比べすぎていないか
「理想の声」って、ありますよね。
好きな歌手や、憧れている人の声を聞いて、
「こんな声になりたい」
と思うことはありますよね。
でも、理想の声がはっきりしているほど、
「この声にならなきゃ」
「このくらい響く声じゃないと」
「もっと高い声じゃないと」
と、その声を正解のように感じてしまうこともあります。
でも、本当にその声にならないといけないのでしょうか。
自分の声には、自分の声にしかない響きがあります。
だから、
「理想の声に近づく」ことだけを目標にするのではなく、「自分の声の中で好きなところを探す」
という探索も、同時にあっていいと思っています。
私の場合、「自分の声が嫌い」と言うほど、自分の声を知らなかった
私自身、自分の声について考えてみたときに、ふと思ったことがあります。
私は、自分が出せる声を全部知り尽くした上で、
「自分の声が嫌い」
と言っていたわけではありませんでした。
普段話している声。
歌っている声。
少し息を多めに混ぜた声。
声を響かせる場所を変えた声。
録音する環境を変えた声。
ミックスで聞こえ方を変えた声。
考えてみれば、自分の出せる声を限界まで鍛えて、試して、使って、といったことをしたわけでもない。
それなのに、
「自分の声が嫌い」
と思う…
そう考えたら、
「ん?じゃあ……もう少し、できることがあるんじゃない?」
と思いました。
「自分の声を好きにならなきゃ」と無理に思う必要はなくて、
まだ知らない自分の声があるなら、思いっきり試してみてもいいんじゃないか。
そう思うようになりました。
自分の声を変えたいときにできること
歌い方を変えて、自分の声の聞こえ方を変える
「自分の声を変える」というと、声質そのものを変えなければいけないように感じるかもしれません。
でも、歌うときの声は、出し方によってかなり印象が変わります。
例えば、特に意識してみたいのが、
- 声の響かせ方
- 声に混ぜる空気の量
- 姿勢
- 呼吸
です。
声の響かせ方を変えてみる
同じ音程を歌っていても、声をどこに響かせるように出すかで、声の印象は変わります。
口の中で響かせるような感覚にしてみたり、前に声を飛ばすような感覚にしてみたり。
逆に、力を抜いて少し奥に引いたような声にしてみたり。
もちろん、体の構造上の声質そのものが別人のように変わるわけではありません。
でも、同じ自分の声でも「聞こえ方」を変えることはできます。
声に混ぜる空気の量を変えてみる
声に空気を多めに混ぜると、柔らかく、息っぽい印象になりやすくなります。
反対に、空気をあまり混ぜずに声帯の音をはっきり出すと、輪郭のある、芯の強い印象になりやすくなります。
例えば同じフレーズでも、
「しっとり歌いたい時」と、
「少し強く歌いたい時」では、
声に混ぜる空気の量を変えてみるだけでも雰囲気が変わります。
だから、「私の声はこういう声」と一つに決まっていることのほうが、多分あまりないことで、
同じ自分の声の中にも、いろいろな出し方があります。
少しずつ試してみて、
「この出し方の時の自分の声、なんか好きかも」
と思えたら、それだけで「自分の声が嫌い」と思っていた時の自分とは、違う気がしますよね
録音環境を変えて、自分の声を聞き比べてみる
私自身は、「AUDIX OM6」と「オーディオテクニカ(Audio-Technica)AT2035」のマイクを使っていますが、
ここで大事なのは「高いマイクを買えば魅力的な声になる」ということではなく、
同じ声でも、録音するマイクや距離、部屋の環境によって、聞こえ方は変わります。
だからこそ、今の録音だけを聞いて「これが私の声なんだ」と決めつけなくてもいいと思っています。
マイクやオーディオインターフェースを変えてみて、変化を見てみるのも良いかもしれません。
▶「AUDIX OM6」ってどんな音?
▶「オーディオテクニカ(Audio-Technica)AT2035」ってどんな音?
ピッチ補正、EQやコンプレッサーでボーカルの印象を変える
私が普段はミックスをやっていて思うことは、
ミックスは「声そのものを変える」のではなく、「声の聞こえ方を整える」作業だと思っています。
- ピッチ補正で歌声の印象を変える
- EQで声の明るさや厚みを調整する
- コンプレッサーで声の音量差を整える
例えばEQでは、声の中の特定の音域を調整することで、声の明るさや厚み、こもり方などの印象を変えることができます。
コンプレッサーでは、声の大きいところと小さいところの差を整えて、声を聴きやすくしたり、曲の中での存在感を調整したりできます。
ピッチ補正を、「音のキャラクター」として強めにかけてあげたり、
「この声、もう少しこう聞こえたら良い感じかも」
と思ったときに、ミックスで整える。
逆に、歌がめちゃめちゃ上手くても、
「音割れしていて音が痛い」
「気になるくらいノイズが入ってる」
といった状態だと、そもそも「聴き続ける」という体験自体に影響することもあります。
なので、「ミックスで上手く聴こえるようにする」だけではなくて、
「聴いていて疲れない」
「曲を最後まで心地良く聴き続けることができる」
という音を作ることも、ミックスの大切な役割なんじゃないか、と個人的には思っています。
「正解の声にする」ことではなく、その曲の中で、その声がどう聞こえると心地いいのかを探すこと。
そう考えると、ミックスも「声や音を直す作業」ではなくて、音というものをどう扱うかを選ぶ作業なのかもしれません。
自分の声が嫌いでも、すぐに好きになる必要はない
「自分の声が好き」と思えなくてもいい
ここまで書いてきましたが、私は「自分の声が嫌いなら、好きにならなきゃ!」とはあんまり思ってなくて、
むしろ、今すぐ好きになれなくてもいいと思っています。
自分の声を聞いて、
「やっぱり、自分の声あんまり好きじゃない」
と思う日があってもいいですし、
無理に「私は自分の声が好き!」と思い込む必要もないと思います
むしろ、
「好きじゃないけど、ちょっと試してみよ」
「声でいろいろ遊んでみよ」
くらいの方が、私は楽しいです
「自分の声が嫌い」から「この声、ちょっと好きかも」へ
私の場合は、
「自分の声が嫌い」
と思ったところから、
「じゃあ、どうやったらちょっと好きになれるんだろう?」
と考えるようになりました。
歌い方を変えてみる。
声の出し方を変えてみる。
強く歌ってみる。
少し力を抜いて歌ってみる。
囁くように歌ってみる。
ラップしてみる。
いろんな声を出してみる。
録音して、聴いてみる。
そうやっていろいろ試しているうちに、不思議と、そんなに嫌じゃなくなっていきました。
私の場合は、自分で歌った声を何回も聴くうちに、
自分の声を「音という素材」として見れるようになったことが理由かもしれません。



とか、偉そうなこと言っときながら、ただ自分の声に慣れて、良いのか良くないのか訳わからんくなってるだけの可能性大
私の場合はこんな感じですが、もしこの記事を読んでくれている方と一緒に、
「この声の出し方のとき、自分の声ちょっと好きかも」
と思えるものが、一つずつ増えていったら、とても嬉しいなと思います。
だし、これって結構強いことなんじゃないかと思うんです。
「自分の声が好きか嫌いか」を一気に変えるのではなく、
「自分から出るこの音、ちょっと好きかも」
という瞬間を少しずつ増やしていく。
それなら、自分の声を否定するのではなく、自分から出る声、音を知っていくという形にわくわくできると思います
誰かに褒められたから好きなの?自分自身はどう思っているんだろう?
私は、人から「声が好き」と言ってもらえるのは、嬉しいです
すごく嬉しい
でも、そこで私は少し考えました。
もし、
「誰かが私の声を好きと言ってくれたから、私は自分の声を好き」
になってしまったら、その人がそう言ってくれなくなったとき、私はまた自分の声を嫌いになるんじゃないか。
それは、自分の中ではちょっと違う気がしました。
人からもらう「好き」は、もちろん嬉しい。
でも、自分の声を好きになれるかどうかまで、全部その言葉に預けちゃうのは、ちょっと違う気がする。
「じゃあ、私自身はどうなんだろう?」
と思うようになりました。
誰かが好きと言ってくれた声だから好き、ではなくて
自分で聞いて、
「まあ、いいんじゃない?これ」
と、少しでも思える瞬間がある。
それを自分で見つけられたら、ちょっと強い気がします。
「……こんな声、魅力あるのかな?」
「こんな声を好きになってくれる人っているのかな?」
って、不安になります。
そんな時に、「常にその言葉を言ってくれて、安心させてくれる人」が、私には必要なのか?
必要かどうかはさておき、多分、みんな、「自分」という「自分の声を好きになってくれる人」を、持っていて、
「自分自身は、自分の声を好きになってあげることができる」んじゃないかと、個人的には思っています。
まとめ|自分の声を変えるより、「好きになれる聞こえ方」を探してみる
自分の声が嫌いと感じることは、決して「珍しい悩み」ではありません
録音した声に違和感があるのには、普段自分が聞いている声との違いや、録音環境、マイク、声の出し方など、いろいろな理由があります。
そして、「自分の声が嫌い」と思っていても、
それが声そのものなのか。
聞こえ方なのか。
歌い方なのか。
話し方なのか。
理想の声との違いなのか。
一度分けて考えてみると、見えてくるものがあるかもしれません。
歌い方を変えてみる。
声の出し方を変えてみる。
録音方法を変えてみる。
ミックスで聞こえ方を変えてみる。
「自分の声が嫌い、だから変えなきゃ!」
「好かれる声にならなきゃ」
ではなくて、
「どうやったら、自分の声、ちょっと好きになれるんだろう?」
「逆に、どんな声であれば満足なんだろう?」
と、自分の希望を考えてみる。
そして、いろいろ試してみる。
その中で、
「お!」
と思える瞬間が一つ見つかったら、それって、不安を抱えて過ごすことよりも、ずっと楽しいと思います。
私は、そんなふうに自分の声と付き合っていくのも、いいんじゃないかなと思っています
▶人とちょっと違う声?自分の声が嫌いだった筆者の声、聴いてみてください



全然変じゃないよーって思ってもらえたら、嬉しくて泣きます
黄色メッキ剥がれて青になっちゃうくらい

